『体内脂質の酸化・還元』
脂質の酸化について、前回は油脂の酸化を書きました。
・油脂は多価不飽和脂肪酸を多く含むものほど酸化しやすく、過酸化脂質である脂質ヒドロペルオキシ
ドを生成しやすい。
・酸化が進むと、脂質ヒドロペルオキシドが分解されて、二次生成物であるアルデヒド類が生成される。
アルデヒド類は毒性が強い。
・脂質ヒドロペルオキシドは食べてもほとんど吸収されないが、アルデヒド類は吸収されやすい。
・アルデヒド類は揚げ物や高温の炒め物をすると生成されやすいので、食べる頻度や量に注意が必要。
という内容で、「酸化した油は体に悪い?」ということに関して、多少酸化した油はそれほど毒性はな
いが、酸化が進んだ油は毒性が強いということを書きました。
今回は「酸化しやすいオメガ3系脂肪酸を摂ると体内で酸化する?」について書きます。
脂質の酸化は大きく2種類あり、一つは酸素・光・熱による「自動酸化」、もう一つは酵素による「酵
素酸化」で、自動酸化と酵素酸化ではそれぞれ異なる過酸化脂質が作られます。
前回書いたように、油脂で起こる酸化のほとんどが自動酸化です。
一方、空気中では酸化しやすい多価不飽和脂肪酸は生体内では自動酸化はそれほど進みません。
その理由は、私たちの体内は空気中よりずっと酸素が少なく、また、光が通り抜けたり油脂のように加
熱されることがないので自動酸化されにくいことと、酸化されたとしても、過酸化脂質やその二次代謝
物であるアルデヒド類は毒性があるので、生体を守るために強力な抗酸化システムが備わっているため
です。
では、具体的に見ていきましょう。
生体の脂質過酸化反応は、活性酸素やフリーラジカルが細胞膜のリン脂質を酸化させることから始まり
ます。ここでもやはり、標的になるのは二重結合の多い多価不飽和脂肪酸です。
抗酸化システムがなかった場合、多価不飽和脂肪酸→脂質ラジカル→脂質ペルオキシラジカル→脂質ヒ
ドロペルオキシド→アルデヒド類と過酸化反応は進んでいくのですが、生体内ではこの連鎖反応を止め
るために、まず脂質ペルオキシラジカルを還元する「抗酸化ネットワーク」が働きます。
まず、リン脂質に埋め込まれたビタミンEが自分の電子を脂質ペルオキシラジカルに与えることで還元
させます。するとビタミンEは自分が酸化してしまうのですが、そこにビタミンCがやって来て、電子を
ビタミンEに与えて還元させます。するとビタミンEは復活してまた働ける形になりますが、ビタミンC
は酸化してしまいます。そこへ今度はα-リポ酸、グルタチオン、コエンザイムQ10がやって来て…とい
うように、抗酸化物質がチームで酸化還元を繰り返しながら生体を活性酸素から守っているのです。
これは「酸化したリン脂質を還元するためのネットワーク」として知られていますが、実は脂質研究の
分野では「リン脂質の多価不飽和脂肪酸は自らが酸化することで細胞を守っている」と考える研究者も
少なくありません。つまり、細胞を活性酸素の害から守るために多価不飽和脂肪酸がトップバッターと
なって活性酸素を捕らえて、その後にビタミンE、ビタミンCが続くという、多価不飽和脂肪酸から始ま
る生体防御システムだという考え方です。
確かにこう考えると、一番活性酸素やフリーラジカルに触れやすく、且つ重要な場所に、なぜ酸化しや
すい多価不飽和脂肪酸を生体は配置したのか?という疑問も解けるような気がします。
このように細胞膜リン脂質の脂質ペルオキシラジカルのほとんどは抗酸化物質のネットワークによって
還元されるのですが、全て還元出来る訳でなく、一部が脂質ヒドロペルオキシドになります。
しかし私たちの体はその過酸化脂質をも除去する高度な還元システム持っています。それが、グルタチ
オンペルオキシダーゼという酵素です。
グルタチオンペルオキシーゼは抗酸化酵素の代表ですが、脂質ヒドロペルオキシドも二酸化炭素と水に
分解することで無毒化します。
先日、脂質過酸化研究の第一人者とも呼ばれる東北大学大学院の仲川教授にお話を伺ったところ、リン
脂質の過酸化脂質は10万分子中に1つほどで、EPAやDHAなどの酸化しやすい脂質をたくさん摂ったか
らといって、それが10万分の2になることはないとのことでした。
このような何重もの抗酸化システムによって私たちの体が守られていることを知ると、生命の神秘を感
じます。
次回は体内脂質の酵素による酸化と、その生成物の働きを書きます。