『酸化した油は体に悪い?』
昔から「酸化した油は体に悪い」という話はよく聞きますし、また数年前から一部の食事法の方々の中
では「酸化しやすいオメガ3系脂肪酸を摂ると体が酸化するので摂らない方が良い」と言われているら
しく、よくセミナーなどで質問されます。
それは本当なのでしょうか?そもそも油脂の酸化とはどのようなことで、どのように体に悪いのでしょ
うか?
結論から言うと、酸化が進んだ油は体によくはありませんが、酸化しやすい脂質を摂ると体が酸化する
というのは間違いです。
どちらの脂質も、それ自体は酸化しやすい性質を持ちますが、油脂と生体内は全く環境が異なるので
別々に考える必要があります。
まず、酸化とは文字通り物質が酸素と化合する、あるいは水素を失う反応です。その逆に物質が水素と
化合する、あるいは酸素を失う反応を還元といいます。地球上の生命エネルギーは全て、酸化と還元の
繰り返しです。
では脂質はどこがどのように酸化するのでしょうか?
油脂のトリグリセリド、私たちの体の中性脂肪や、細胞膜を構成しているリン脂質。これらの主成分で
ある「脂肪酸」が酸化します。
脂肪酸の二重結合と二重結合に挟まれた水素H+炭素C+水素Hの部分をメチレン基といい、この部分は
とても反応性が高く酸化しやすい性質があるので、二重結合が多い脂肪酸ほど酸化しやすいことになり
ます。
「ココナッツオイルは酸化しにくい」「亜麻仁油は酸化しやすい」などと聞いたことがあると思います
が、ココナッツオイルの主成分は飽和脂肪酸なので二重結合もメチレン基もなく酸化しにくいのに対し、
亜麻仁油の主成分のα-リノレン酸は二重結合が3ヶ所あり、その間にメチレン基が2つあるので、酸化
しやすい脂肪酸になります。同じオメガ3では、お魚に含まれるEPAは二重結合が5ヶ所なのでメチレ
ン基は4つ、DHAは二重結合が6ヶ所なのでメチレン基が5つあり、とても酸化しやすい脂肪酸と言え
ます。
また多くの植物油に含まれるオメガ6のリノール酸は二重結合が2ヶ所でメチレン基は1つあるので酸
化しやすいですが、オリーブオイルの主成分のオレイン酸は二重結合が1ヶ所なので、メチレン基を持
たず、酸化はしにくい脂肪酸です。
脂質の酸化には、酸素・光・熱による「自動酸化」と酵素による「酵素酸化」の大きく2種類あります。
脂質が酸化して出来たものを過酸化脂質と言いますが、自動酸化と酵素酸化では生成される過酸化脂質
の構造が異なり、働きも全く違います。
油脂の中で起こる酸化反応はほとんどが自動酸化なのに対して、生体内では自動酸化はそれ程進まず、
酵素酸化により重要な働きをする酸化脂質が出来るのが、油脂と生体脂質の大きな違いです。
ではまず、油脂の酸化を見ていきます。
油脂を酸化させる原因は酸素・光・熱ですが、多くの場合最初に光酸化を受け、その後に熱や酸素によ
る酸化が起こります。植物は自分自身を守るために、脂質と一緒に抗酸化物質であるビタミンEを蓄え
ているので、量の差はあるものの、植物油のほとんどにビタミンEが含まれます。
植物の種子や実を搾って作られた油脂は、光や酸素に触れても、初段階ではビタミンEによって守られ
ています。しかし、ビタミンEは自分の電子を与えることで脂肪酸を還元させているので、自身は電子
を失って(酸化して)酸化型ビタミンEとなります。酸化型ビタミンEは還元力を持たないので、それ以上
酸化を止めることが出来なくなります。
油脂の中でビタミンEの抗酸化力が働かなくなった状態で熱や酸素に触れると、急激に酸化が進み、脂
質ヒドロペルオキシドという過酸化脂質が生成されます。
脂質ヒドロペルオキシドは悪玉のイメージが強いものですが、実はそれ程活性が強いものではありませ
ん。
それよりも問題なのは、脂質ヒドロペルオキシドが更に熱などで分解されると、アルデヒド類という毒
性の強い二次生成物が出来ることです。
中でも特に毒性の強いものとして、オメガ6系脂肪酸由来のヒドロキシノネナール、オメガ3系脂肪酸
由来のヒドロキシヘキサナールがあります。どちらも細胞毒性やミトコンドリア毒性があり、細胞に直
接ダメージを与える他、活性酸素を大量に発生させて、様々な病気を引き起こします。
毒性はどちらも同等ですが、オメガ3を含む油脂自体が限られていることもあり、私たちが日常生活で
暴露する機会が多いのは、圧倒的にオメガ6由来のヒドロキシノネナールです。
ヒドロキシノネナールはパーキンソン病の原因物質として発見されましたが、近年ではアルツハイマー
型認知症の原因物質の一つとも言われています。
油脂を加熱することによって出来る過酸化脂質の脂質ヒドロペルオキシドと、更にそれが分解されて出
来る過酸化脂質の二次生成物であるアルデヒド類のヒドロキシノネナールとヒドロキシヘキサナール。
では、私たちがこれらを食べるとどうなるでしょうか?
実は、過酸化脂質のほとんどは消化管内で還元・無毒化されて吸収されるか、もしくは吸収されずに便
として排泄されるため、0.5%ほどしか吸収されません。
しかし一方のアルデヒド類は、分子量が小さいため吸収されやすいのです。
このことから多少酸化した油は食べても問題はないけれど、酸化が進んでアルデヒド類が生成された油
を食べるのはとても体に悪いと言えます。
ヒドロキシノネナールはリノール酸を含む油脂で揚げ物をしたり、高温で長時間炒めたりすると生成さ
れます。特に揚げ油の使い回しはアルデヒド類を多く発生させるので、自宅で揚げ物をする場合は、
もったいないですが1度使った油は捨てることを心がけ、コンビニなど外の揚げ物は出来るだけ食べる
回数を減らすことをお勧めします。
次回は酸化しやすいオメガ3脂肪酸を摂ると体が酸化するかについて、生体内脂質の酸化・還元メカニ
ズムのことを書こうと思います。