【専門家ナビ】高畑宗明先生

和食の美味しさを上手に活用!

「うま味」は腸内環境を整える鍵

 

うま味成分がもたらす日本の多彩な和食文化

 

2013年にユネスコ世界遺産に登録された日本の「和食」は、出汁(だし)のうま味を軸として多様に発達してきた食文化です。日本では海産物の収穫が多かった7世紀以降、都が京都に置かれていた時代に税として「海産物を乾物にして京都に送る」という制度がありました。そして、北日本の乾燥昆布と四国や九州の鰹節が京都で出会い、これらを湯戻ししただしが和食の基本となって日本各地に広がりました。

 

昆布や鰹節によるだしの味、また味噌や醤油などの発酵調味料の味の基本は、素材由来や発酵によって生まれたグルタミン酸やイノシン酸の味、つまり「うま味」です。古来日本では新鮮な食材の味を生かした調理が好まれ、うま味が豊富なだしは素材のもつ美味しさを引き出すことで和食づくりに欠かせない役割をしてきました。一汁三菜を基本とする和食の食事スタイルは理想的な栄養バランスであり、うま味を上手に活用することで動物性油脂を控えることにもつながり、日本人の長寿健康や肥満防止に役立ってきましした。

 

西洋料理のブイヨンと和食のだしの違い

 

うま味を理解した外国人シェフは「うま味は人から教えてもらわないと分からない繊細な味」「甘味、酸味、塩味よりも長持ちして余韻を残す味」「唾液を分泌させて口の中が潤った感覚を起こす味」など、うま味の特徴を具体的に説明しています。ブイヨンは西洋料理のだしのようなものですが、アミノ酸の比較をするとだしとは大きく組成が異なります。

 

例えば、昆布だしにはグルタミン酸とアスパラギン酸のみが含まれ、その他のアミノ酸はほとんど含まれません。また、そこに鰹節を加えるとイノシン酸が加わり、グルタミン酸との相乗効果でうま味が強くなります。一方、ブイヨンや中国料理の湯(たん)にはうま味も含まれますが、素材の野菜や肉などから様々な種類のアミノ酸が抽出され、複雑な味が構成されています。このように、和食と西洋料理、中国料理を比べると、和食はうま味を中心に構成されていることがわかります。そして近年、うま味は美味しさだけではなく、腸や脳とも深い関係を持っていることが明らかになってきました。

 

うま味は消化を促し、食べ過ぎを防ぎます

 

うま味は腸に働きかけ、食事のタンパク質の消化を助けてくれます。もし消化吸収しきれない量のタンパク質が腸に送り込まれると、過剰なストレスがかかってしまい下痢や不快感の発生につながります。うま味はこうした点をコントロールする働きがあります。例えば、胃腸粘膜に障害があるモデル動物実験では、うま味成分を餌に混ぜることで下痢などの症状が軽減されることがわかっています。さらに、悪玉菌の腸からの侵入を予防することも報告されています。人間でも、うま味成分のグルタミン酸を食事に混ぜることで胃腸障害や胃炎の緩和、栄養素の利用効率の向上が認められています。

 

また、うま味は満腹感をもたらして食べ過ぎを予防する効果があることも示されています。日本の研究では、健康な成人12名に普通通り昼食を食べさせた後にうま味成分を添加したスープと添加していないスープを摂取させた結果、うま味成分を添加した場合では満腹感が持続し、デザートの摂取カロリーが有意に減少することが認められました。フランスでの調査でも、BMIが27以上の人は、時々スープを飲むか全く飲まない人たちであるのに対し、ほとんど毎日スープを飲む人はBMIが23以下であることもわかっています。

 

日本で行われた調査では、24―75歳の男性約100名を調べたところ、味噌汁を摂取する頻度が高いほど肥満者が少ないことや、500名以上の男女を対象とした調査でも味噌汁摂取頻度および食物摂取頻度が高いほど肥満リスクが減少することも発表されています。このように、うま味を上手に活用することで太りにくい体づくりに役立つ可能性があります。

 

うま味は神経活動を調整し脳に働きかけます

 

では、どうしてうま味が消化促進や満腹感の形成に貢献できるのでしょうか。実は、今までは口の中だけに存在すると考えられてきた「うま味センサー」が、消化管(胃や腸)の粘膜上にも存在していて、グルタミン酸などのうま味成分はタンパク質摂取の目印として胃や腸で消化活動を促し、食事タンパク質の消化吸収の最適化に欠かせない成分であることが分かってきたのです。そしてこの作用は、タンパク質を主体とした食事の場合に特に強くなります。

 

さらに、グルタミン酸には神経活動を促進させる効果があり、胃や腸に存在するうま味センサーを刺激することで消化管にある迷走神経を伝わって脳に刺激が伝達されます。消化管からのグルタミン酸情報は迷走神経から記憶や情動・食欲調節に関係する大脳辺縁系や視床下部の神経に伝わるのです。

 

実は、母乳中のアミノ酸組成をみるとグルタミン酸が非常に多く含まれていることが分かっています。この母乳中のグルタミン酸は満足感に関係していると考えられていて、乳児の肥満防止に貢献している可能性があります。さらに、注意欠如多動症モデル動物の研究では、うま味成分のグルタミン酸を幼少期に摂取させると、成熟後の攻撃性が減少することも明らかになっていて、幼少期のうま味の摂取は消化管を刺激して脳に働きかけることで、脳や行動の安定にも関係しているのではないかと予想されています。

 

私たちの日常の食事に欠かせないうま味は、美味しさをもたらしてくれるだけでなく、腸や脳の健康にも大切な働きをしています。先人が生み出して現代に受け継がれている和食に感謝し、美味しく健康に食事を楽しみましょう。

 

(参考文献)

化学と生物 53 (2015)

日本味と匂学会誌 24 (2017)

協会顧問・高畑宗明 博士

職   業 博士(農学) 岡山県岡山市出身。 岡山大学大学院にて博士号(農学)を取得。現在、腸内細菌や乳酸菌についての研究を続けている。 一般の方々や小学生への講演・食育セミナーを通じて、啓蒙活動を行っている。
保 有 資 格 【経歴】 株式会社バイオバンク 統括部長 博士(農学) 2009【年3月 岡山大学大学院(博士後期課程)卒業 博士(農学)取得 2013年〜14年 麻布大学共同研究員 【業績】 ・論文発表 M. Takahata et al, OM-X®, a Fermented Vegetables Extract, Facilitates Muscle Endurance Capacity in Swimming Exercise Mice. Nat Prod Commun. 12, 111-114 (2017) M. Takahata et al, Fermented vegetable and fruit extract (OM-X®) stimulates murine gastrointestinal tract cells and RAW264.7 cells in vitro and regulates liver gene expression in vivo. Integrative Medicine. 4, 1-5 (2017) M. Takahata et al, OM-X®, Fermented Vegetables Extract Suppresses Antigen-Stimulated Degranulation in Rat Basophilic Leukemia RBL-2H3 Cells and Passive Cutaneous Anaphylaxis Reaction in Mice. Nat Prod Common. 10, 1597-1601 (2015)
ブ ロ グ
得意ジャンル 【書籍執筆】 「腸内酵素力で、ボケもがんも寄りつかない」 講談社+α新書 「自分史上最高の腸になる! 腸で酵素をつくる習慣」 朝日新聞出版
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