【専門家ナビ】PTSD(心的外傷後ストレス障害)は腸内細菌叢の悪化が原因!?

メンタルヘルスによる経済損失は8兆円も!

 

近年、健康を語る上で益々重要とされているのが「心の健康」です。日本でもメンタルヘルスへの認知と理解が高まってきて、職場でもストレスチェックが義務化されるなど、国をあげて対策に取り組みはじめています。また、精神疾患による社会的な経済損失も大きな問題となっています。平成22年度の厚生労働省の調査によると、メンタルヘルスによる経済損失は約8兆円と試算されています(統合失調症2.7億円、うつ病3.1兆円、不安障害2.4兆円)。

 

精神的ストレスは、精神疾患を引き起こしますが、それらの精神疾患は消化器疾患との関連性が指摘されています。その代表例が過敏性腸症候群(IBS)です。IBSがなぜ発症するのかについては不明な点が多いのですが、精神的ストレスが脳腸相関に影響を与えることで、消化管の運動障害や知覚過敏を誘発すると考えられています。そして、IBS患者では腸内細菌叢のバランスが健常な人とは異なっていることが知られています。

 

強いトラウマ体験から生じるPTSD

 

こうした中、ストレスに関連する精神疾患の一つとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が注目されています。PTSDとは、生命や身体に脅威を感じるような惨事(戦争、自然災害、事故、犯罪、虐待など)を体験することで強い精神的ストレスを受け、激しい苦痛や生活機能の障害を伴う精神障害です。症状が1ヶ月以上続くか、ショック体験から1ヶ月以上後に症状が出た場合に判断されます。日本では、大震災やサリン事件を機に社会に認知されるようになりました。

 

さらに、IBS患者がトラウマ体験の経験を持っていると、PTSDを合併する割合が高いという報告や、都市部在住アフリカ系アメリカ人のIBS患者はPTSD罹患率が高いという報告があります。このように、IBSとPTSDとの関連性、さらにはIBS患者では腸内細菌叢のバランスが悪化していることから、PTSDにおいても腸内細菌叢の変化との関係が注目されています。

 

腸内細菌の状態悪化による炎症がPTSDの悪化に

 

精神疾患の一種であるうつ病において、血中の炎症性物質の増加がみられることは数多くの臨床研究によって明らかにされています。さらにマウスを用いた研究では、悪玉菌由来成分であるリポポリサッカライド(LPS)によって腸に炎症を誘発すると、ストレスを与えた後のストレス耐性が低下し、うつ病に似た症状を呈することも報告されています。つまり、腸内細菌のバランスが悪化していると、腸上皮細胞の透過性が上昇し、LPSなどの成分が血中に入り込むことで、何らかの要因によってストレス耐性の悪化をもたらしていることが予測されます。腸の炎症状態と、ドーパミンやセロトニン、GABAなどの神経伝達物質の分泌の乱れにも関連性が指摘されています。

 

こうしたデータの積み重ねによって現在わかってきていることは、トラウマとなる出来事の後にPTSDの発症となるには、血中の炎症性物質が増加していることが関連していることです。また、PTSD患者では抗ストレスホルモンとして知られるコルチゾールの量が低いことが分かっています。そして、こうした炎症状態や低いコルチゾール量は、子どもの頃の腸内環境の状態が起因しているのではないかとも予想されています。

 

トラウマがある人は特定の腸内細菌が少ない傾向

 

2017年に発表された南アフリカの大学での研究で、18名のPTSD患者と、12名のトラウマになりかねない経験をしながらもPTSDを発症しなかった人の便から採取した細菌のDNAが解析されました。その結果、子どもの頃にトラウマ体験があった人の腸内には、アクチノバクテリアとウェルコミクロビアが少ない傾向にあることがわかりました。腸内細菌の減少がPTSDの原因になったのか、それともPTSDが原因となり腸内細菌が減少したのかまでは論文内では結論が出ていません。

 

しかし、マウスでは生まれて間もない子マウスの腸内細菌の状態が悪化すると、その後の行動に影響が及ぶこと、無菌マウスと菌が定着しているマウスとでは不安状態やストレス耐性に差があることなどが発表されています。つまり、腸内細菌の状態が悪化すると、PTSD発症に対してリスク要因となる可能性が考えられます。

 

うつ病などの精神疾患の患者では、ひどい便秘症状を併発しているなど、消化器症状の悪化が見られることが多くあります。こうした中、乳酸菌や発酵食品の摂取によって症状が改善する例がいくつか報告され始めています。PTSDにおいても、消化器症状へのアプローチによって症状が改善されることが期待されています。

 

Psychosom Med. 79, 936-946 (2017)

Can J Psychiatry. 6, 204-213 (2016)

平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金 事業実績報告書

 

協会顧問・高畑宗明 博士

職   業 博士(農学) 岡山県岡山市出身。 岡山大学大学院にて博士号(農学)を取得。現在、腸内細菌や乳酸菌についての研究を続けている。 一般の方々や小学生への講演・食育セミナーを通じて、啓蒙活動を行っている。
保 有 資 格 【経歴】 株式会社バイオバンク 統括部長 博士(農学) 2009年3月 岡山大学大学院(博士後期課程)卒業 博士(農学)取得 2013年〜14年 麻布大学共同研究員 【業績】 ・論文発表 M. Takahata et al, OM-X®, a Fermented Vegetables Extract, Facilitates Muscle Endurance Capacity in Swimming Exercise Mice. Nat Prod Commun. 12, 111-114 (2017) M. Takahata et al, Fermented vegetable and fruit extract (OM-X®) stimulates murine gastrointestinal tract cells and RAW264.7 cells in vitro and regulates liver gene expression in vivo. Integrative Medicine. 4, 1-5 (2017) M. Takahata et al, OM-X®, Fermented Vegetables Extract Suppresses Antigen-Stimulated Degranulation in Rat Basophilic Leukemia RBL-2H3 Cells and Passive Cutaneous Anaphylaxis Reaction in Mice. Nat Prod Common. 10, 1597-1601 (2015)
ブ ロ グ
得意ジャンル 【書籍執筆】 「腸内酵素力で、ボケもがんも寄りつかない」 講談社+α新書 「自分史上最高の腸になる! 腸で酵素をつくる習慣」 朝日新聞出版
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