今注目されている「短鎖脂肪酸」について
短鎖脂肪酸は小さな形の脂肪酸です
脂肪酸と聞くと、中鎖脂肪酸や長鎖脂肪酸を思い浮かべますが、実はもっと小さな脂肪酸があります。それが「短鎖脂肪酸」です。
脂肪酸は炭素(C)がいくつも繋がっている構造をしているので、その炭素の数によって分類が分かれます。その分類は以下の通りとなります(情報によって分類の炭素数が異なることがありますが、およその目安となります)。
短鎖脂肪酸:炭素数6個以下→酪酸、酢酸、プロピオン酸など
中鎖脂肪酸:炭素数8〜12個→ラウリン酸、カプリル酸など
長鎖脂肪酸:炭素数13個以上→α-リノレン酸、EPA、DHA、リノール酸など
なかでも今回は、腸内細菌と密接に関連している短鎖脂肪酸についてみていきましょう。
短鎖脂肪酸は、私たち人間や動物の腸に住んでいる、1,000兆個ともいわれる腸内細菌によって作られる発酵産物です。
なぜ「発酵産物」なのかというと、食事として摂取した食物繊維や難消化性オリゴ糖など、いわゆるプレバイオティクスとよばれる難消化性成分を利用し、微生物の発酵の力で産生されるからです。発酵食品でも、微生物が食材を発酵することで様々な「酸」が生み出されています。
こうした作用が、私たちのお腹(主に大腸)の中で腸内細菌の発酵によって行われています。
腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸のうち、主要なものは酢酸、プロピオン酸、酪酸です。こうした短鎖脂肪酸は私たちの体のエネルギー源の一部となり、さらに健康に関わるたくさんの生理作用を担っています。それぞれの種類や効果をまとめてみました。
・酪酸
腸の細胞の新陳代謝を促し、腸の免疫機能を整えて炎症を抑えます。また、大腸がんの抑制作用も報告されています。主に酪酸合成菌(善玉クロストリジウム菌、ロゼブリア菌、フィーカリバクテリウム菌など)が産生します。酪酸が合成されるためには、酢酸が必要な場合があります。
・酢酸
有害菌に対して感染防御作用を示すことが報告されています。また腸内のpHを下げることで悪玉菌が増えにくい環境を作ります。さらに、脳に働きかけて食欲を抑制し、肥満予防効果もあります。主にビフィズス菌が合成します。
・プロピオン酸
酪酸や酢酸と同様に、腸内環境を整える効果があります。主にプロピオン酸合成菌によって合成されます。
短鎖脂肪酸はどうやってできるの?
短鎖脂肪酸が大腸内で作られるためには、難消化性成分が大腸に到達しなくてはなりません。
大腸に到達する発酵基質は、食品由来のものと、内因性のものがあります。
・食品由来:食物繊維、難消化性デンプン(レジスタントスターチ)、難消化性オリゴ糖
・内因性:ムチン(口腔、胃、腸などの消化器官から大腸に流れ込む粘液由来、食事成分も日本ではムチンと呼ばれますが、海外では呼ばれないことが多く、体の粘液由来のものをムチンと呼んでいます)
こうした難消化性成分は、ヒトが持っていない微生物の分解酵素によって消化されて利用されます。
分解されて生じた単糖が微生物に取り込まれ、微生物の細胞内で代謝されて様々な発酵産物が生み出されます。この発酵産物の大半が短鎖脂肪酸となり、その主要なものが酢酸、プロピオン酸、酪酸です。
大腸で産生された短鎖脂肪酸は、大腸の粘膜に達すると簡単に吸収されます。
吸収された酢酸とプロピオン酸は、大腸上皮細胞を通過して門脈に入り、肝臓や筋肉において代謝されてエネルギー源となります。
実は、ヒトの1日のエネルギー消費のうち2〜10%も短鎖脂肪酸由来のエネルギー源が占めています。
一方、酪酸は大腸上皮細胞の中でその多くが代謝されます。大腸上皮細胞にとって、酪酸は最も重要なエネルギー源なのです。
酪酸の代謝障害が、潰瘍性大腸炎の一員であるという報告もあるくらい、重要な役割を担っています。外から経口的に酪酸を摂取しても胃や小腸で吸収されてしまうため、大腸内で酪酸の効果を発揮させるには、はやり腸内細菌が発酵によって産生する必要があります。
短鎖脂肪酸の多彩な生理作用
短鎖脂肪酸は、大腸だけでなく体全体に良い作用をもたらします。消化管に内在する内分泌系や神経系、消化管免疫系を介して、体の他の部分の代謝を調節しています。
・ミネラル吸収促進作用
近年の食生活で不足しがちな栄養素として、カルシウム、マグネシウム、鉄が挙げられますが、短鎖脂肪酸が合成されることでこうしたミネラルの吸収が増加します。大腸発酵によって腸内が酸性化することでミネラルが可溶化し、吸収が促進されるという機構が提唱されています。
・コレステロール合成抑制作用
水溶性食物繊維自体にも、血中コレステロール低下作用が知られています。さらに、食物繊維を利用して生成した発酵産物である短鎖脂肪酸もコレステロール合成を阻害することが報告されています。吸収されて肝臓に到着した短鎖脂肪酸の増加量と、コレステロール濃度の低下に関連性があります。
・大腸がん発症抑制作用
食物繊維摂取が増えると、大腸がんの発症頻度が低下することは知られています。その抑制機構の中で、酪酸が重要な働きを担っています。酪酸は大腸がん初期には粘膜上皮細胞の異常な増殖を抑制します。また中期には異常なタンパク質の生成を抑制します。
・食欲調整作用
食物繊維の発酵によって、食物摂取量全体と体重が減ることが知られています。この食欲抑制作用に、短鎖脂肪酸のうち酢酸が関わっていることが報告されています。腸内で生成された酢酸は肝臓や心臓を経由し、脳の視床下部の食欲を調節する領域に到達して食欲を抑える働きをしていることがわかりました。
このように、「発酵」は私たちの腸内でも日々行われていて、短鎖脂肪酸という成分が作り出されることで様々な生理作用が発揮されています。世界の多くの研究では、肥満や代謝異常疾患、炎症性腸疾患やアレルギーなど、多くの疾病において腸内の短鎖脂肪酸を作り出す菌が減少していることが分かっています。こうした病気にならないためにも、食物繊維やオリゴ糖などを含む食材を取り入れて、腸で「発酵」を起こさせる食生活を心がけましょう。